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スリランカ紀行~輝きを取り戻す「光の島」~

【2004年12月26日スマトラ島沖にて地震が発生、弊害大津波が南アジアを襲う。】その内容は半日して日本にも届き、被害の大きさから大変な災害であったと報道された・・・


 スリランカは亜熱帯性気候。年中気温は30度を超え、海はエメラルド色。街の中心を少し離れると2mはあるトカゲやコブラを始め、野良犬・猫・牛・羊などなど。トロピカルな島。
 当時32歳。『スリランカ(セイロン島)にはダイヤモンドより美しく高価なサファイヤがある』との話を聞き1年間移住していた。
 
 スリランカ政治はLTTE(タミルイーラム解放のトラ)と名前を付けたテロ集団がスリランカ北部ジャフナ地区を占領し、人質10万人をかくまい政府と激しい内戦を繰り返していた。
そのおかげで、国も政治も荒れ果て、20年ほど前はコロンボで最大のヒルトンホテルすら爆破され、主要な外貨獲得源である旅行客は今ほど望めず混沌としていた。

●宝石の競り
スリランカでは、歴史上宝石は4つの宗教(仏教、イスラム教、ヒンズー教、キリスト教)があり、中でもイスラム教の支配が強く、宝石で名をはせる厳格なイスラム教徒であるリファイ氏のもとに召使として居候し、宝石のイロハを学んだ。
 スリランカでは、ラトゥナプラ(宝石の町)と呼ばれる山岳地域にて上質のサファイヤがとれる。
そしてラフにカットされた宝石は昔より、羊の皮に売り手と買い手が手を潜り込ませ出し合う指の本数にて1カラット当たりの金額を競る。という原始的な方法で行われている。
 しかし、このリファイ氏には大きな宝石を集める政治力があり何よりしがみついてでもこの氏から教えを求める事が必然であった。

●召使
 スリランカでは、召使は通常ランク分けをされランクの高いものはましな扱いを受けるのであるが小生はどうも中位の扱いで、窓も扉もない雨露をしのげる程度の軒下をあてがわれ蚊帳を敷いて暮らしていた。おかげで蚊にかまれすぎが原因でマラリアにかかる始末。一度命を落としかけた事がある。
 朝より祈りの習慣のある為、4時に起き顔が映るほど磨き倒すのが私の日課の始まりであった。

●LTTE(タミルイーラム解放のトラ 1975年5/5~2009年5/18)
 当時は自爆テロと呼ばれ恐れられていた攻撃があり、テロ集団は妊婦にふんしたお腹に爆弾を抱えた信者がポヤと呼ばれる満月を祝う月に一度の祭りにて人の集まる場所にて自爆し100人から150人ほど犠牲になっていた。小生も権力闘争のいったんで目の前に手マシンガンを乱射し60人の犠牲者がでた事件に巻き込まれた。これらの内戦も、2008年~2009年人質を政府軍が解放し今は終止符がうたれた。

 宝石採取や輸出にも政府が介入し利権を主張するこの国では、差別や賄賂がまかり通り、何もかもが初めての経験で大変なことが多く生きることに必死になった。

●2005年クリスマス。
 手つかずの自然が目の前に広がり、幸運にも海に面したホテル。その中でも1階の唯一の部屋に泊っていた。目の前の砂浜ではウミガメがちょうど産卵の時期を迎え、海の沖ではサーフボードを抱えた旅行者が波と戯れた。

 楽園とはこういうものであるのか?というぐらい美しかった。

 クリスマスが過ぎ、街へ帰る前日老人がチェックインし予定外にも部屋を変えることになってしまった。大変なことが起こることも知らずに・・・
 不満をもらしながらも、1泊分浮いたお金に少し満足しながら余暇を過ごしいていた。
 老夫婦も気を良くし海でもひたしくしていただき、夜もごちそうになり、ウミガメの産卵も懐中電灯持参で誘ってくれた。




津波は、誰も予想だにしない早朝に起こり、10m強の津波は私の滞在していたヒッカドゥアエリアを老夫婦共に覆い尽くした。。。


世界中で犠牲者は20万とも25万、スリランカでも10万人位と言われた・・・




 私にとって厳しい師であり、SWEETな恋人であるスリランカ。短い間にいろんな経験をいただきいろんな出会いもいただきました。
 『ダイヤモンドより美しく高価なサファイヤ』は未だ手に入れていない。見つけれるかどうかも人生の出会いの一部であると感じています。
これからも多くの物に感謝し、このページにて報告していきたいと思います。


2010年10月スリランカより
清水俊哉
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